今年も参加した「世界らん展日本大賞2018」。
どんな雰囲気だったのか、簡潔に記した記事を以前に投稿しました。
今回はもう少し、別の視点で「世界らん展」を考えていきたいと思います。
言わずもがなだけど。園芸の未来はこうなる
実はこの「世界らん展日本大賞2018」に参加する前、「次回は規模を縮小する」とか、「運営者が変わる」とか、よからぬ噂を聞いていました。
すでに来年は他の植物も併せた展示となり、現在は出展者を募集中…とのアナウンスも発表されています。
この度、皆さまに愛された「世界らん展日本大賞」は組織変更と共に新たな企画を盛り込み、「世界らん展2019」として再出発致します。時代の変化に合わせた新たな領域の開拓と幅広く新たな来場者層の獲得を目標とし、様々な花と緑の魅力も取り入れ、より進化した「世界らん展」の構築を図ります。
引用元: 世界らん展2019 花と緑の祭典
でも、あんまり落胆するべきでないような気もするのです。
それはなぜか。
僕は「蘭」という植物が今後の園芸界をリードする、先駆けとなる植物群であると考えているからです。
ひと昔前の園芸より、現代のほうが趣味として深化しているのであり、今後もその傾向は続いていくと思います。
そのポイントを簡潔に3つ並記すると
- 栽培補助器具の進歩(住宅環境の変化)
- インターネットが普及し栽培情報が流布
- 希少性のある植物が手に入りやすくなりファン層が拡大
にあると考えています。
こんなこと、別に誰しもが分かりきっていること。
けれど、このポイントが非常に重要であって、見逃せません。今もこれからも。
① 栽培補助器具の進歩(住宅環境の変化)
今後、間違いなく進歩するのが、家庭園芸における栽培補助器具の進歩です。
現在では、
- 照明器具
- 加温設備
- 空調設備
- 給水設備
- 二酸化炭素供給機器
など、農業人材の減少に歯止めをかけるべく、または農作物の生産拡大を図るべく、多くの栽培設備が研究・開発されています。
もちろん、営農のためだけではく、個人で園芸を楽しむための家庭用設備も同じく開発が盛んです。
近頃は「IoT(モノのインターネット)」の普及が推進されていますが、今後、多くの園芸用品がインターネットと接続し、ますます便利になるのは間違いありません。
後で述べますが、インターネットの普及により、ネットワークにつながった園芸用品は、統計的に失敗の少ない栽培を人間に代わって自動で施すようになります。
ただし、IoT化された園芸用品はまだまだ値段が張り、容易に手を出すことは難しいでしょう。
栽培設備の投資対象となる植物は、それまで「難しい」とか「高価だ」と目されていたものとなるはずです…。
恐らく一部の蘭など、出回ることの少ないニッチな植物が、特別扱いで自動化された栽培設備の恩恵にあずかるのだろう、と…。
だからこそ、IoT化した園芸用品が普及するまでの一定期間、いや普及してからもランという植物を楽しむ人が増える…と僕は思うのです。
そして、家庭内に植物を置く場所となる住空間は、ますます高断熱・高気密化が進むでしょう。
それだけではありません。
庭と呼ばれるスペースが減少し、ガーデニングや家庭菜園の文化が都市部から衰退。
住空間と外界とのセパレートが進み、より低いエネルギーで冷暖房を調整できるようになるのです。
果たしてそこに植物が入る余地があるでしょうか。
僕は「ある」と考えています。
むしろ、外界との接触が失われて行く分、積極的に「自然界との繋がり」を取り込むべく、あらゆる機器を導入しながら自然を感じる媒体が入り込んでいくのだろうと…。
そこに何が入るかは分かりません。
が、希望的観測としても、植物を愛でるという行為は捨てられないと僕は思うのです。
② インターネットが普及し栽培情報が流布
さらに大きな進展は、園芸初心者でも栽培技術を容易に手に入れることができるようになったこと。
なんといってもインターネットが高速化し、通信容量も増え、それを利用する端末が普及したことは、園芸界においても、大きな変化をもたらしています。
栽培に最低限必須な情報や、いままで「マニア」や「プロの趣味家」などのみが知り得た情報を、誰もが簡単に閲覧、利用することができるようになりました。
また、図書館などで分厚い図鑑や、難解な園芸書を開かなくても、どこにいようが一瞬にして植物を育てるのに必要な情報が手に入るようになったのです。
考えてみてください。
インターネットが一般化する前はどのようにして花を手に入れていましたか?
恐らく、生花店や園芸専門店で購入、あるいはカタログなどからの購入であったと思うのです。
しかし現在、気になる植物があればまず、インターネットから栽培情報や販売情報を確認する時代です。
そしていざ、そのページを開けば、あちらこちらに「こんな植物もいかがでしょうか?」と紹介されるはずです。
つまり、実店舗やカタログでは考えられないほど、能動的に多種類の植物が広告される。
したがってあらゆる品種・品目が世に知られるようになるのです。
これは重大な事実です。
未だにこのインパクトの大きさを理解できていない園芸業界関係者が多いのも、また事実…。
だからこそ「ブランディング」や「広報戦略」がこれまで以上に必要となってくるのですが。
逆に言えば、まだまだ介入できる余地があるブルーオーシャンであり、今後、ますます大きな変化が訪れると考えています。
③ 希少性のある植物が手に入りやすくなりファン層が拡大
上記の2点のポイントが進むにつれ、成り立つのが3つ目の「希少性のある植物が手に入りやすくなりファン層が拡大」するということ。
あらゆる植物の栽培情報や、栽培を容易にする設備の導入によって、今まででは見向きもされなかった品種の栽培に注目が集まります。
しかも、昭和期のシクラメンやシンビジウムブームのようにひとつの品目が大流行するというわけではなく、一定のカテゴリー内の多品種が少しずつ売買されていくのです。
いわゆる「ロングテール」にあらゆる植物の多様な特徴に注目が集まり、決してひとつの植物だけが多く売れるとことはまずありません。
けれど、適度には売れる。
それを物語るのが近年の多肉植物ブームであり、珍奇植物ブームでしょう。
エケベリアやハオルシアにあれほどの品種がなかったのなら、ここまでブームの持続はなかったはずです。
コーデックスと呼ばれる植物群にあれほどの多様性がなかったのなら、一部のマニアだけが楽しむだけで、メディアの露出はなかったでしょう。
それらを掛け合わせて「多肉植物ブーム」であり、「コーデックスブーム」なのです。
事実、ハオルシアだけを栽培している消費者はほとんどおらず、その他にもあらゆる植物を同時に栽培しているはずです。
そして、このような購買行動をするのが主に、現代の若者たちなのです。
インターネットのあらゆるツールを駆使し、植物を入手したり販売する。
それだけでなく、自らの「経験」や「感動」をネットを通じて共有(シェア)するのです。
「希少性のある植物が好まれる」とはどういうこと?
先日、こんな投稿を目にしました。
とりわけ、東京ドームで開催されてきた『らん展』の入場者がどんどん減少しているそうだ。宍戸さんが言うには、「ランの愛好者は団塊世代が中心で高齢化が進んでいる」。若者中心の需要ではないので、SNSなどで情報が外に出ていかない。更に言えば、花屋さん自身、ランの原種がどこからきているのかや、手入れの仕方などもよくわかっていない。
(中略)
宍戸さんの話を聞いて、ラン展とバラ展の低迷にショックを受けた。しかし、私の観察は、「若い人でも植物に対しては興味をもっている」である。
引用元: 「花の消費トレンド:ラン展の低迷と植物交流サイトの躍進」『JFMAニュース』(2018年3月20日号) | 小川先生 ~ 小川孔輔のウェブサイト
この投稿で続く部分が重要です。
事実、若い人に人気がある「GreenSnap」という植物愛好家の交流サイトは、現在40万人の登録があり、昔人気があったサボテンなどの多肉植物や、希少な品種などが次々とアップされている。多肉植物は、種類や形状が多様で、「インスタ映え」する候補アイテムである。交流サイトでの人気はバラやランにはない。なぜなら、どこでもたくさん見かけるからである。若者に人気があるのは、むしろ「希少性がある植物」の方である。
引用元: 「花の消費トレンド:ラン展の低迷と植物交流サイトの躍進」『JFMAニュース』(2018年3月20日号) | 小川先生 ~ 小川孔輔のウェブサイト
僕もこの意見には同感。
ただし、「希少性のある植物が好まれる」というのは、もう少し深く読み解く必要があると思います。
SNSと植物を育てることの意味
いま若者と呼ばれる人たちが欲しているのは「希少性のある植物」というのは正しい。
さらにいえば、その希少性とは何かと考えると、SNS上で承認欲求を昇華できるほどの評価を貰えるかどうかであること。
決して珍しいものだけが評価の対象となるわけではありません。
つまり、誰も所有していない自分だけの植物があり、そこにオリジナリティやストーリーを付加できるかどうか。
そしてそれをSNSなどのインターネット上に公開するという一連の流れがあり、はじめて購入したことの意味が生まれます。
さらには、「栽培する」というアクションにおいてもSNS上での評価が発生します。
植物を育てるという行為自体がSNS上で捉えられるパーソナリティに影響してくるため、彼らは何をどのように育てるのかをネットショップや実店舗でイメージを浮かべながら選択しているのです。
難物を育てる、ファッショナブルな鉢に入れて育てる、切り花をアレンジして飾る…などなど。
そしてその植物を「栽培する」行為で得られた評価がまた、継続して栽培する意欲へと繋ながるのです。
僕が思う「希少性のある植物」とは、
- 承認欲求を昇華できる評価を得られるほどのオリジナリティやストーリー性を付加できること
- 「かわいい」「かっこいい」「楽しそう」「面白そう」など、SNS上にアップすれば評価を得られる「明確なポイント」が存在すること
- その植物を育てることによって、栽培者のイメージを他者が連想できること
であるのだと考えます。
植物を育てる「意味」を見つけるのは若者の得意技
逆に言えば、その評価如何が若者の購入基準であり、先の投稿で焦点が少しズレていると感じるのは、「どこにでもたくさんある植物だから見向きされない」という部分。
見向きされない原因はどこにでもある植物だから、ではなく、買って育てる(飾る)意味が見当たらないから。
どこにでもあるような植物を、別の視点から切り込み、魅せる工夫がないから。
育てても面白くないから。
現にバラだってランだって、面白く感じ取ることのできる写真には高評価が付いているはずです。
確かに珍しい植物に注目が集まるのは否定しません。
誰にだって、みたことのない植物を知りたい欲望はあります。
けれど、万人が一斉に「面白い」と思う植物は、万人が一斉に「つまらない」と感じるようになる…。
ポイント3に挙げたように「希少性のある植物が手に入りやすくなりファン層が拡大」するのですから。
ファンが増えればその分、希少性もなにもありません。
飽きもすぐに訪れ、イタチごっこのように新しい植物を開発・生産しなくてはなりません。
ではなく、今後の園芸は多様な品種・品目をあらゆる角度から見つめていく作業の繰り返しになると思うのです。
それも一度に一種を大量に…ではなく、多くの人が少しずつ並行して…。
だからこそ、大量にとある植物がバカ売れすることは昔よりも限りなく少なくなり、十人十色、いろんな視点で植物が楽しまれるのだろうと…。
これら「希少な植物が好まれる状況」に関して、もう少し考えてみました。
詳しくは以下のリンクからどうぞ。
「世界らん展2018」にも若者はたくさんいたよ。
実際、今回の世界らん展を歩いて感じたのは「いや、若者が増えたな」ということ。
SNS上でもいくつかそんな言及が見受けられました。
そうなんだけど、蘭展2◯年見てきて今のままじゃ先はすぼめて行くしかないでしょう。実行委員見てれば分かる
もっと若い人達にアピールしないと続かない。— るう2017 (@ruu2017cat) 2018年2月19日
中学生がなけなしのお金を握りしめてランを買ってくれたそうです。ぼくは嬉しい。贔屓したくなる。
先日来られた農大生も生涯フィールドに出れる研究をしたくて院に行くと言ってた。
なんかそういうのを聞くと嬉しくなる。もっと聞かせてほしい。
— mitsugen (@mitsugenthus) 2018年2月21日
僕が見たのは、首にカメラを提げて熱心にシャッターを切ったり、ブースの人と熱く談笑する姿など…。
さらには、若者からのランに関する著書だって発売されたじゃありませんか!
年齢層でみれば僅かかもしれません。
でも、彼らは独自の視点からランという植物と対峙して、その視点をあらゆる人へと発信しているはずです。
趣味のジャンルが多様になったからこそ入場者数が増えないのかもしれませんが、決して悲観することはありません。
いつか彼らが、オリジナリティのある、ストーリーが付加された、とっておきのヒットを飛ばすかもしれません。
僕の、あなたの「世界らん展」に行く「意味」は何?
若者世代の端くれた1人として言いたいこと。
植物が売れないのは経済的な理由から供給バランスが崩れたから…なのかもしれません。
が、モノが売れない時代には強烈な「意味」が必要。
高齢化する来場者層に注目するだけではなく、若者が「世界らん展」に行きたいと思える「意味」は何なのか。
これからも継続してイベントを開催する「意味」とは何なのか。
そして、次世代の趣味家に継承していくこととは何なのか…。
文字通り老若男女、1つの趣味から1か所に大勢が集まってきているのです。
でも、その目的はきっと1つではありません。
だからこそ、「世界らん展」という場に集う「意味」を主催者側も、僕らも考え直す必要があるのではないでしょうか。
2019年、どんな「世界らん展」になるのか。
楽しみであり、ちょっぴり不安でもあるのです…。
これはもう、参加して、楽しむほかありませんよね!!