植物栽培の未来を垣間見たような本。「珍奇植物LIFE」を読んで感じたこと

個人が栽培できる植物の種類の幅も広がった

変わる園芸シーン

以前、僕はこんなことを書きました。

また、世に出回る植物はどんどんシームレス化して、ジャンルが取り払われようとしています。
サボテンだけを育てる、ランだけを育てる、山野草だけを愛好化する…という人は少なくなりつつあると僕は認識しています。
次の世代は恐らく、

自己の周囲にある栽培環境内で制御可能な範囲の植物を特に愛好する

ようになると考えています。
簡単にいえば、植物を種類ごとに育てるのではなく、手持ちの栽培空間のなかで育てることのできる植物を愛好する。
だからこそ、これまで以上に細やかな栽培方法が重要となると思うのです。
そしてそれに合うように植物が生産され、販売されるのです。

引用元: 『多肉植物パーフェクトブック』を読む。コーデックスを含む多肉植物の基本的な栽培法を学べる本。 | ボタニカログ

分かり易く言えば、植物を育てるうえでの「区分け」は、種類や品種ごとに区別するのではなくて、植物を育てやすい環境ごとに区別するようになる
「ジャンル」という高い壁が取り払われたあと、次世代の園芸はそんなふうにして栽培を楽しむのだと僕は考えています。
たとえば、湿度の高い栽培環境を室内につくって、そこに熱帯植物とランとを同居させる…という具合に。

その流れの変化は至る所に現れています。
要因を挙げると、

  • 誰もが栽培を補助するLEDなどの装置を手軽に購入できる。
  • 高度な栽培方法もネットの情報などで簡単に入手できる。
  • 専門店で扱われるような希少な植物も、ネットを介して容易に手に入れることができる。

その結果、個人が栽培できる植物の種類の幅も広がったのです。

そしてこの本。
僕はこの本を開いたとき、次世代の園芸シーンをちらりと垣間見たような気がしたのです。

この本をひとことで述べるなら、大抵の人は「珍奇植物を栽培している趣味家やプロの本」と言うでしょう。
でも僕はあえて、

未来につなぐ栽培を具現化したひとの本

だと表現したい。
その理由はのちほど述べます。

「珍奇植物LIFE」を読む

さて、この本は大きく分けて、

  1. 珍奇植物と暮らすアイデア(サボテン、多肉植物編)
  2. 珍奇植物と暮らすアイデア(雨林植物、ラン、シダ編)
  3. 珍奇植物と働く
  4. 珍奇植物の鉢

の4つの章に分かれています。

1章 珍奇植物と暮らすアイデア(サボテン、多肉植物編)

いまや夏になると比較的よく目にするようになった「塊根植物(コーデックス)」。
とくにパキポディウムなどは未だ人気が衰えず、ピンからキリまで実店舗・ネット問わず出回ります。
比較的容易に入手ができるようになったものの、どのようにして栽培すればよいのか分からない…と言う人も少ないくないのではないでしょうか。

一時期にはファッションの一部としてもてはやされ、暗い室内に無造作に置かれる…という演出がメディアでなされていました。
これには多くの趣味家から批判の声が上がり、ようやく間違った置き場所をはじめとした栽培法を流布する情報も減ったように思います。

が、SNSなどではいまだにそのような「コーディネート」を見受けることもあり、それを真に受ける人もいるのかもしれません。
なので耳が痛くなるかもしれませんが、また言います。

栽培技術が進歩しつつある現代でも、コーデックスなどの植物は基本、室内では栽培できない

というのが僕の持論です[*01]。

そしてこの本を読んで分かること。
それは各人がいかに植物へ陽を当てようと置き場所に工夫しているか
はたまた、気温の変化を緩やかに保とうとしているのか…。

この章に掲載されている、ほとんどの栽培環境は屋外ですが、なかには室内でコーデックスなどを育てている写真も見受けられます。
それでも窓辺にあったり、決して食卓の上にどてんと置かれるようなディスプレイはなされていません。

さらに、もっと深く読み取ると、

  • この植物とこの植物は同じ栽培スペースに置いていいんだ!
  • 土はこれを使うのね!
  • なるほど、陽に当てるために高さ順に並べてる!
  • あっ、やっぱそんな感じで遮光するよね!
  • この人、ラベルをこう使うけど、何か意味があるのかな?

など、目を真っ赤にしながら写真をみれば、いろいろとみえてくる情報があったりします
長く時間を掛けて育てる植物群であるからこそ、あらゆる工夫を施している。
それも生活環境のより身近に。
そんなことを読んでいて感じるのです。

2章 珍奇植物と暮らすアイデア( 雨林植物、ラン、シダ編 )

2章以降、ページをめくればめくるほど気が付くことがあります。
それは室内栽培の嵐が吹き荒れるということ。

栽培される植物が熱帯植物やシダ植物がメインであることもその理由のひとつではあるものの、もはやここまで室内環境に植物が「侵入」できるのだと驚きました。
その理由は先にも述べましたが、栽培環境を作り出すことや情報の入手が容易になったことが挙げられます。

で。
「植物栽培の未来」はこのような環境に収れんしていくのだと僕は思います。

なぜか。

それは住空間に十分な栽培スペースを設けることができなくなりつつあるから。
詳細は以前、このブログに書きました。

いずれ栽培設備や技術が進歩し、ますます生活空間に植物が入り込んでいく状況になる。
その通過点をいま、この本を通して垣間見ているのだと思うのです。

そのなかで植物を生活環境にどう取り入れていくのか。
人間と植物が共存して暮らしていくにはどう折り合いをつけるのか…。
この本には「マニアック」という言葉だけでは片づけられない、植物が暮らしには必要だというほどの情熱を見せつけられているかのようです。

とくに「雨林植物入門」のコラムは読んで得るもの多し
「ローメンテナンス」は忙しない現代人の暮らしには重要なポイントです。

3章 珍奇植物と働く

「珍奇植物と働く」とあるので、てっきり珍奇植物を生産している人たちや、販売している人たちの1日を垣間見れる!と思いきや、そうじゃなかった。
なんてことはない、珍奇植物を職場にディスプレイしている人たちのコーナーでした。

園芸を愉しむことのひとつには、園芸を身近に置き、そして飾る。
この一連の観賞体系があるからこそ、あらゆる場面で植物を利用することができる。
陽のない場所や、密閉されたような環境に植物を置くことは植物の健康上は良いとはされず、賛否両論伴うのはよくあることです。

そしてこの本にある演出例をみれば、多くが植物の健康に考慮されたディスプレイとなり、従来の植物演出本とは一線を画すような気がします。
人間が心地よく生活できる場に無理やり植物を置くことが従来のディスプレイ法ならば、この本に登場する参考例は、

人間も植物も、ともに快適な生活を送ることを目指した環境づくり

に取り組んでいるのだと感じます。
それゆえに見慣れないLED装置を持ち込んでいたり、工夫を凝らした設置で植物を飾ってみたり。
却ってそれが新鮮で、商業施設のインテリアとして、面白い化学反応を生んでいるようにも思います。

園芸は確実に僕らの生活に「食い込む」

この本を読めば読むほど、次世代の園芸シーンがどのような方向に動くのか、にわかに感じられるかと思います。

古の時代から僕らは植物を育て、利用してきました。
ところが食糧の生産が安定化すると、街から緑が消え、都会に住めば植物との直接的な関わりが薄らいでしまった。

それでも人間が植物を育てるという本能はなくなりません。

むしろ、身近に四季を感じられるような「指標」となるものがないからこそ、植物をたよりに時間を歩んでいく。
そんな需要が増えているのではないかと僕は思うのです。
そして、植物を育てることは四季を感じること以外に、心身の健康を保つという重要な役割もあることでしょう。

「多肉植物」だろうが「観葉植物」だろうが、生活に取り入れられようとする対象となる植物は何でもいい。
何でもいいからこそ、その対象は時を重ねるごとに精査されていく。
「珍奇植物」の台頭はその役割の変化に応じて現れたもの。
そう。
植物の関わり方が少しずつ変わる過渡期に、いまの僕らは立っているのです。
そして「珍奇植物LIFE」は、だからこそ未来につなぐ栽培を具現化したひとの本なのだと僕は思うのです。

  1. いずれ栽培技術が進歩し、その持論が覆されるかもしれませんが []

この記事を書いた人

mokutaro

植物好きが高じ鉢物業界に飛び込んだアラサー男子。群馬県に移住し、毎日、食べ(られ)ない嗜好性の強い植物とまみれています。 園芸を考えるブログ「ボタニカログ」を運営中。