植物を「切る」ということ -街路樹編-

ここ最近、「植物を切る」ということについて、考える機会が多くなっています。そこで思考を整理しつつ、ここに書き溜めていこうと思います…。

街路樹を切ること。植えられた役目は何だったんだろう。

落ち葉がヒドいから切り詰めたら…。

僕は高校生の3年間、自転車でおよそ往復10キロの道のりを通学していました。その途中、様々な街路樹が植えられていて、春には桜、夏にはどんぐり、秋にはイチョウの木の下をくぐり抜けていくのが好きでした。

卒業後、自転車に乗ることもほとんどなくなり、運転する車の中からたまに街路樹を眺めるようになりました。そんなある日のこと。久しぶりに懐かしい道を車で走っていると、今まで緑色の葉を美しく広げていた木々のほとんどが立ち枯れているのです…。

少なくとも、地元の自治体や道路整備局が管理しているはずの街路樹です。こんなに多くの木々が枯れることがあっていいのだろうか…。

後々に分かったことなのですが、どうやら付近の住民が「マテバシイの落ち葉がひどい。どうにかして欲しい」と依頼をしていたそう。それを受けた役所が冬、できるだけ短く切るようにと業者に依頼。ところが猛暑などの影響で葉が生えてこず、道路沿いには何10本もの枯れ木が立ち並ぶという異様な光景になっていたのです。

2年ほど枯れた状態のままだった街路樹は最終的に、根元から真っ二つに切断され、道路拡張の際に抜かれていきました

消えた知る人ぞ知るホタル出現のスポット

もうひとつ、街路樹の思い出があります。

中学生のころ、山の麓にある友人の家によく遊びに行きました。その道沿いには川が流れ、川を囲むように木々が植えられていたのです。ホタルが減少する一方の我が地元にあってそこだけは毎年、何10匹ものホタルが姿を現す場所でもあったのです。

「そろそろホタルが出るかもしれないから、今日、うちに来る?」

暗くなってから街灯もないような道を自転車を漕ぎながら上がっていくと、ふわっと木々の間をホタルが飛び交う。その瞬間、苦労して上って来た坂の疲れも忘れ、異様な世界に惹きこまれていくのです。

photo credit: Calvine Wu CFXT0939e2 via photopin (license)

実はその場所は、知る人ぞ知るホタルの出現スポット。当時の担任にこっそり教えるとその日の仕事終わりに訪れ、ただただふわふわと浮かびあがる光を無言で眺める…。教室とは違う先生の一面を垣間見た瞬間でもありました。

ところが数か月後、川の横に植えられていた木々の殆どが伐採され、妙に開けた川が姿を現したのです。友人曰く、夜な夜な不審者が木に隠れて女性を脅かしている。そうさせないために切ったみたいだと教えてくれました。

木々の立ち並ぶ川は確かに鬱蒼として暗い。護岸工事でコンクリートで覆われているので、お世辞にも美しいとは言えません。けれど夏には、灼熱の太陽が木の葉に隠れ、水遊びをするには大変涼しい場所。子供の声が響き渡り、小鳥のさえずりも心地よい。木でできた住民用の橋の真ん中に立てば、木陰に揺らめく水面がキラキラと輝いて眩しかった…。

それが、木々が取り払われた川はどこか汚らしく、捨てられたゴミも丸見えだし、草がぼうぼうに生えていればみっともなくも見える。

結局、地域の方が川の草をことあるごとに取り除き、見た目にも「きれい」な川となりました。以降、ホタルは年々減少し、ホタルのシーズンになるたびに友人は「大人が草をむしっちゃうからねぇ」と嘆いていたのを覚えています。

街路樹って何のために植えられたんだろう?

東京オリンピックのために街路樹を伐採する、あるいは倒木事故の発生…。街路樹に関するニュースを見聞きするにつけ、いつも僕は「街路樹って何だろう」って考えます。

未だ答えは見つかりませんが、ひとつ自分の中でのいま言える結論はあります。それは、もっと街路樹を楽しもうということ。

街路樹のほとんどは、誰かが目的あって植えたもの。景観を良くするため、車のスピードを抑えるため、季節を市民に感じ取ってもらうため…。様々にそこにある理由があるはずです。でも、基本的にそんなことは告知されていないし、「もみじロード」「さくら小径」みたいに木に関する名称も付いていません。

だからこそ、詩を味わうように、そこにある木々の存在を感じ取りながら歩く。そうすると、いつもの通勤・通学路も違った景色に見えてくるはずです。

公共サービスすら気に障る時代。薄れる街路樹の役割

さらには突風が吹いた翌日や紅葉シーズンには、多くの人がその処理に汗を流していることにも気が付きます。以前、業者の方が街路樹の落ち葉を清掃しているのが邪魔だったのか、通報している方を見かけました。

僕も真夏の炎天下、道路沿いの花壇の手入れをしたことがあるのですが、「ご苦労様!」と声をかけてくれる方もいれば、自転車から睨みつけて過ぎていく人もいます。滝のように汗が流れ、抜いても抜いてもとりきれない草やツタ…。たった3メートルくらいの花壇を手入れするのに、1時間以上かかりました。

そんな経験がある人なら、プロの行うスピーディーな作業に協力するはず。少なくとも、警察の事情聴取で責任者が時間を取られ、作業が進まなくなるという真似はしません。

話が逸れましたが、僕ら市民も街路樹を楽しんでいれば、自ずと街路樹のありがたみに気がつくし、その中から積極的に街路樹に関わる人も生まれるはずです。いま、多くの街路樹はどこか、住民との距離感が大きく離れ、突如として伐採の憂き目にあっているような気がしてなりません

倒木の危険性がある場合は別ですが、窮屈に、それでもアスファルトを凸凹にさせる生命力を備えている街路樹たち…。もう少し僕らは彼らに目を向けてやる必要があるのでは…。

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