彼岸花をみかけると思い出すこと

墓地の周りに咲いているからか、不気味で、どことなく幻想的。すでに花期は終わってしまいましたが、彼岸花(リコリス)について思うところがあるので書いてみます。

先日の七沢森林公園でも、彼岸花が咲いていました。この季節になるといつの間にやら咲いていて、いつの間にやら枯れている…。「彼岸花」とはよく言ったものです。

僕の「彼岸花」へのイメージ

僕が通った小・中学校の通学路には、民家と隣接した小さな墓地があって、この季節になると花が咲き乱れ、一面真っ赤になります(*01)。子供心にそれが気持ち悪くて、不気味で、嫌に怖く感じました。先生からは「毒があるから無暗に触るな」とも言われていたし…。

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相田みつをさんの「曼珠沙華」という詩

ある日のこと。1冊の本を読んでいると彼岸花についての記述を見つけました。その本の名前は「いちずに一本道 いちずに一ッ事」。

いちずに一本道 いちずに一ツ事 (角川文庫)

著者の相田みつをさんがその半生を語った自伝的なエッセイ集です。

「あんちゃん」と曼珠沙華

その冒頭、相田さんは「あんちゃん」のことを語ります。貧乏だった相田さんは兄と一緒に原っぱへ、毎日のように紙芝居を「ただ見」しに行っていました。

ところがある日、紙芝居のおじさんが「こいつ、いつもただ見しやがって」と、小学3~4年生のあんちゃんをクソミソに罵倒し、引きずり出して殴ったそうです。が、弟のいる手前、あんちゃんは泣きもせず、ぐっと堪えていた。かえってそれが「強情なやつだ」とまた叩かれる。

ただ、あんちゃんは決して強情だったわけでなく、怖くても弟が泣かないものだから我慢してしまった。結果、兄弟励まし合い、あんちゃんは叩かれ続けてしまったそうです。

その帰りのこと。

ちょうど今頃の季節で、原っぱに曼珠沙華がいっぱい咲いていました。あんちゃんが、棒っ切れを拾って、非常に無念そうにね、こうやって、花を叩くんです。二時間ぐらいだったでしょうか。そこにあった曼珠沙華の花を全部折っちゃいました。私はその後ろを、よちよちと歩きながらついて歩いた記憶があります。そして、家に帰っても何も言いませんでした。

引用元:いちずに一本道 いちずに一ツ事 (角川文庫)/相田 みつを

それから数年後、憲兵になったあんちゃんは、北京で戦死してしまう。兵隊にいく前、「決して無抵抗な者を殴るな」という言葉を遺して。

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相田さんにのこる「曼珠沙華」の記憶

このことを相田さんは書にしたためられています。

曼珠沙華

歯をくいしばって

がまんをしたんだよ

なくにも

泣けなかったんだよ

弟のわたしが

いっしょだったから

曼珠沙華の花に

きている

蝶をみていると

涙こらえた

少年の日の

兄の姿が眼に

うかぶ

みつを

引用元:いちずに一本道 いちずに一ツ事 (角川文庫)/相田 みつを

植物と思い出は重なりやすい

僕はこの詩を読んでから、植物と思い出とはよく重なり合うものだと気付きました。僕が通学路で出会う彼岸花は怖いものだし、相田さんが記憶していた彼岸花はお兄さんを思い出す象徴でもあった。特に幼いころに出会う植物は忘れがたい記憶を伴う気がします。

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とはいえ、相田みつをさんの「曼珠沙華」を読んでからは、怖いというよりも会ったことのない相田さんの「あんちゃん」が心に浮かんできてしまう…。それほど僕の中ではインパクトの大きかったものでした。あんちゃんのエピソード、このほかにも沢山書かれています(*02)。このブログを読んでいる方もぜひ、お手に取り、お読みください。

この記事の脚注

  1. そもそも、動物が墓を荒らしてしまわないよう、敢えて有毒の彼岸花を植えているらしい。参照:ヒガンバナ – Wikipedia。 []
  2. この本は「戦争」を主軸に、あんちゃんのことなどを横軸に書かれています。しかも、相田さんの書作から猛烈にメッセージが伝わってきます。なぜなら、その書が書かれた背景なども知ることができるから。僕が相田さんの本の中でいちばん気に入っている本です。 []
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