あらゆる災害から集落を守った箒杉。お蕎麦も美味しい!

丹沢湖を歩いた後、お腹が空いたのでおそばを食べに「箒杉茶屋」という蕎麦屋へ。その名の通り、蕎麦屋の隣に大きな「箒杉」がそびえたっているのです。僕の勝手なイメージなのですが、山北町と言えば、丹沢湖とこの箒杉(写真左が箒杉茶屋さんで、右が箒杉)。

どのくらい大きいのかと言えば、画像だけでは表現できません。箒杉の前に立っている看板にはこうあります。

国指定天然記念物 箒スギ

昭和九年三月二十六日指定

この地域は昔、禁令により杉(すぎ)・檜(ひのき)・欅(けやき)・樅樛(もみつが)・榧(かや)の六種はみだりに伐ることが禁じられ宝木沢といわれていた。兄弟杉として同じ位の杉一株や、小さいものが一株あったが、明治四十一年秋、ともに伐採された。

この箒スギの名の由来はこの地域の宝木沢という集落名から取ったとも、樹形が箒に似ているところから取ったとも言われている。

昭和四十七年に、この地方に甚大な被害をもたらした丹沢集中豪雨の際には、土砂崩れをくいとめ、箒沢の集落を崩壊から救った。

この箒杉は、県下の巨樹として有数のものである。胸高周囲十二メートル、根廻り十八メートル、高さ四十五メートルの大きさで、推定樹齢も県下最高齢の約二〇〇〇年とされている。昭和九年三月二六日、国の天然記念物に指定された。樹下の小祠は、大室社、熊野社の合祀、地区の守護神であり、この杉も昔は社木であった。

平成四年九月

神奈川県教育委員会 山北町教育委員会

と、地元を救った樹としても素晴らしい歴史があるようです。看板には「杉の木が伐られた」とありますが、現地には箒杉の付近に少し大きな樹の切株もみることができます。あれはその切られた杉なのでしょうか…。

近くによれば、もうファインダーには入りません。

また、Wikipediaには、

集落入り口付近に一本だけ残された形になった箒スギは、明治と昭和の2回、付近を襲った災害から住民を守った。最初は1904年(明治37年)に大火に見舞われた際のことで、箒スギが火の手を阻んだために集落は全滅を免れている。そのため箒スギの樹皮には、このとき焼損した痕跡が見受けられる。

引用元:中川の箒スギ – Wikipedia

とあります。確かに樹皮がえぐれ、柔肌のようなすべすべした部分が見えます。若干、焦げたような黒い部分も…。これがその痕跡なのでしょうか。

ほんの100年の間に、大火にまみれ、土砂に耐え、それでも堂々と根を張っている大木です。2000年もの長い間その地に生えているのなら、他の災害も経験しているのかもしれません。

例えば、雷に打たれたとか、風で折れたとか…。樹をよく見れば何かを発見できるのかも。

お蕎麦も美味しいし、箒杉も立派だし、丹沢の景色も雄大だし…。この季節がいちばん、自然をあるがままの姿でみることができる。そんな気がします。

また、箒杉のすぐ近くに、湧水を汲むスポットを見つけました。

樹齢2千年の真下に湧水

「箒杉の水」と命名

推定樹齢が県下最高齢の約2000年とされる、山北町中川の箒沢集落の入り口付近にある国指定天然記念物の「箒(ほうき)スギ」。この箒スギの根が張る地下を通って湧き出る水が昔からあり、このほど箒沢自治会(佐藤素史自治会長)が「箒杉の水」と命名。観光客らが飲みやすいようにパイプを通して水が出るようにし、看板も近くに設置した。
水が出ている場所は箒スギの真下方面で、県道のすぐそば。7月に看板を設置してからは、車を止めて水を汲みに来る人も増えてきたという。
この湧き水は地域の人達が「井戸の水」と呼んでいるもので、生活用水として古来より利用していたもの。「箒杉茶屋」の店主の佐藤義治さんは「夏は冷たく冬は暖かいことから、夏にスイカを冷やしたり、冬には洗濯をしたこともあった」と話す。記者も箒杉の水に手を差し出した所、その冷たさに驚いた。自治会で昨年12月に足柄上保健福祉事務所に水質検査を依頼したところ、飲料水としても問題がないことがわかった。

引用元:樹齢2千年の真下に湧水 | 足柄 | タウンニュース

なんか水を汲んでる人がいるなあ、なんて思ったら、このことだったのですね。箒杉茶屋の奥さんも「店の横にある水道は湧水から引っ張ってきてるのよ。飲めるから飲んで行ってごらんよ」と、以前仰っていたことを思い出しました。かなり前なので、勝手な妄想による記憶かもしれませんが。

というわけで、箒杉に行く場合は、給水タンクもお忘れなく(笑)。

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