『All About CAUDEX―塊根植物のすべて―』を読んで。「ファッション感覚」と植物栽培のズレ?

この本が出るまで、多肉植物や観葉植物の図鑑などから情報を得るしかありませんでした。いや、情報はあるんですよ。むしろネット上の情報が充実していて、オンラインの状態であれば、わざわざ図鑑を引っ張り出してくる必要はありませんでした。

『All About CAUDEX―塊根植物のすべて―』はなぜ批判に晒されるのか

発刊後、すぐに購入。僕としては好印象。

2016年11月。『All About CAUDEX―塊根植物のすべて―』という書籍が発刊されました。

冒頭に書いた通り、今までは「コーデックス(塊根植物)」というグループを俯瞰できる書物が多くはなかったので、僕としては、良いところ突いてきたなぁという印象を抱いたのです。

Amazonの評価は賛否両論

ところがAmazonの評価は賛否両論。特に盛り上がっていたのは「食卓の上のコーデックス問題」です。

その原因となったのは、本に挿入された画像。食卓に鉢皿も置かずに、ベタに土入りの鉢を置く。さらにはいつも、コーデックスと食事を共にすると言わんばかりの一文も添えられて…。

コーデックスとともに過ごす日常には、心地よい癒しと刺激とが当たり前のように共存する。まるで我が子のような愛おしさを目や皮膚や脳で感じ、毎日特別な朝を迎えられる幸福感に酔う。

引用元:All about CAUDEX (三才ムックvol.922)

確かにこれは初心者が勘違いしそうです。ところが、そんな「鉢底皿なし食卓に置くのは不衛生」という声があるかと思えば、「初心者にもそんなことは分かってる!暗い食卓に置くヤツがいるなんて杞憂だ」など、対立したコメントも見受けられます…。

他に、

    • 「本のタイトルが大袈裟。どこかAll aboutなの?」VS「こんな本を探してました!初心者にも分かりやすい内容です」
    • 「写真のピントが甘くて不鮮明。」VS「写真が綺麗です!」
    • 「参考価格の価格帯が高い。意図的に相場を吊り上げる恐れがある」VS「購入時の目安として希少性や値段などの情報がすごく便利」

といった意見も。これほどまで意見が対立するのは、どうしてなのでしょう…。もう少し掘り下げてみます。

メディアが演出する「植物×インテリア」の功罪

パッと見、熟練者VS初心者の様相を呈しているのですが、僕はそうだと思っていません。なぜなら、批判的なコメントに多くあるキーワードに「ファッション感覚」という言葉が挙げられるから。

僕も正直なところ「食卓の上のコーデックス問題」もさることながら、メディアで取り上げられる「インテリア×植物のありかた」に疑問を覚えずにはいられません。

雑誌を開けば、まるでいつも室内に観葉植物が置いてあって、ずっと同じ場所で栽培しているみたいなコーディネート写真…。

住宅だけではありません。商業施設にある観葉植物はメンテナンスが入って、しょっちゅう交換されているのですが、蛍光灯の下だけで育っているかのようなセッティングも…。もっと最悪なのは、薄暗い室内での栽培を推奨しているかのようなディスプレイをする大手園芸店もあります(*01)…。

こんな演出は今にはじまったことではありませんが、逆に言えばもう常態化しているということ。「植物と暮らす」「植物のあるライフスタイル」というイメージがまありにも先行してしまって、植物の栽培に適した環境がおざなりになってしまう。そんなところに齟齬を感じている人たちが「ファッション感覚」という言葉をもって声を挙げるのは、商習慣と植物栽培の実際に矛盾を感じているからなのではないでしょうか?

「ファッション感覚」というキーワードと植物の生理

室内に植物を持ち込めば、その部屋の「空気感」や「雰囲気」は一変します。でも、忘れてはいけないのは「植物は生きている」ということ。植物には日光が必要だし、代謝を促進させるための風通しも重要。そのためセッティングできる場所が限られてくるし、実は植物の栽培に適した環境って室内では殆ど存在しないのです。

そこに観賞植物やコーデックスなどの多肉植物を、巷のインテリア雑誌などを参考に取り入れてしまうと、伸びるわ伸びる。日光を求めてモヤシのように細くなり、やがて枯れるのです。これが「ファッション感覚」の植物栽培に異を唱えている人達の危惧しているところだと思います。

きっとそこには、長く植物を栽培している人達だけでなく「生活感あふれるディスプレイ」に惑わされ、伸びに伸びた植物を購入し枯らしてしまった初心者の声も含まれているのだと僕は思います。

現状での防衛策としては、如何に僕ら初心者が惑わされずに、健康で優良な植物を選びおかしな価格で購入しないことに尽きるのです。そしてもちろん正しく栽培する。

住空間は植物栽培に適さなくなりつつある…

とはいえ、インテリアグリーン業界に憧れ、インテリアを学んできた人間の側から言わせてもらえば、この流れを否定するのもかなり苦しい

インテリア関連のショップに系統だてた観葉植物が並びはじめたのは、本当にここ10年くらいの間のハナシ。そこから多肉植物にブームが移るなど、多くの人が室内に植物を取り入れることはどういうことかを真剣に考えるようになりました(*02)

なのに、住宅は高断熱・高気密で窓のサイズが小さくなり、数も減り。植物を栽培するのとは逆行しているのです。

だとすれば、園芸雑誌や植物を扱うメディアは何をすべきかといえば、「植物×カッコイイ暮らし」のイメージを先行させるのも重要ですが、読者に誤解を生まないフォローもしっかりするべきだと思います。

一般的な住空間ではロクに植物は育たないので、養生するため(元気を取り戻すため)の環境が必要だということも明記する。長く栽培している愛好家はどのように植物を栽培しているのか、正直に伝える。決して薄暗い寝室に年がら年中、置きっぱなし…というのはあり得ないはずです。

とにもかくにも、園芸シーンのなかにデザインセンスを持ち込むのは否定しません。むしろ歓迎すべきことです。ですが、植物は単なるインテリアエレメントではなく、メンテナンスの必要な「生き物」であることを前提とした共通認識が必要なのです。

植物栽培の実際を知り尽くしたセミプロたちからの警告

この本で失敗してしまったもうひとつの点は、「誰でも趣味の園芸に手を出せそう!」という導入部をスタイリッシュに狭めすぎたことです。特に趣味で楽しむ園芸は老若男女、誰もが参入できるのが前提であるべきです(*03)。そこを若者の、(ちょっと富裕層な)都会人が小ぎれいな住宅で、まるでブランド品を扱うように植物を栽培するというスタイルは、あまり受け入れられません。

「ファッション感覚」という言葉の裏には、これまで培われてきた園芸という文化とどこか路線がずれているよ!というセミプロ(プロも含まれているかも)たちの警告でもあるともいえるのではないでしょうか。いくら趣味とはいえ、もう少し土臭くて、忙しなくて、小汚いくらいの園芸が植物栽培の実際で、植物たちもそのくらいがちょうど良かったりするのだよ、と…。

僕はこれらAmazonの評価を眺めて、そんなことを感じたのでした。

問題点はあるかもしれないけど、程よくまとまっています。

それでもコーデックス本の出版には意義がある

ここまで辛口なままに書いてしまいましたが、こうした日本では未開拓のカテゴリーに関する本はどんどん出てきてほしいです。これまでコーデックスに関する系統的な書籍がなかったし、オフラインでもある程度の情報を参照できるようになったのは、大きな一歩ではありませんか?それに内容も程よくまとまっていて、読みやすい。

今回は恐らく、方向性が「ファッション」だとか「新奇性」に舵が向いてしまい、微妙に時代が早かったのだとも感じます(*04)

もっといえば、建築側が日本の室内園芸に追いついていない、むしろ園芸という趣味を謳歌する人たちの希望とは反対側の方向へ突き進みつつあります。人+植物+住まい÷3の総和が整ったうえであれば、もっと「ファッション感覚」に溢れた園芸をエンジョイできるのかもしれません。

コーデックスのコラム、面白かった!

また、巻末の『愛しき塊根と調和する珠玉の鉢ブランド6選』は参考になります。まさに今、多肉植物専門店に行けば置いてあったり、instaやGreenSnapで度々見かける鉢がいくつも紹介されているのです。

あと、Amazonで批判されていた「コラム」も読んでいて楽しい。特に『塊根植物を愛してやまない人たちに共通する傾向と対策』は共感せずにはいられません。惜しいのは、巻末にコーデックスを部屋に取り入れている人たちの部屋は紹介しているのだから、この人たちがなぜ、どのような経緯でコーデックスに目覚めたのかも、もっと掲載すればよかったのに…。

ちょっと批判も多くなってしまいましたが、僕はこの本、使いますよ。

この記事の脚注

  1. これを僕は「生活感あふれるディスプレイ」と呼びます []
  2. 僕の卒業した学校でも、「珍奇植物」をはじめ、トレンドの植物を含めて学習していると聞きます。ホントに時代は変わりました。 []
  3. なぜならずっとそうして培われてきたから []
  4. 今後、園芸界隈にもデザイン分野の才能が開花するはずで、そのときに再評価されるかもしれません。 []
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