現地に生えてる植物を引っこ抜いてきていいの!?それに対する西畠清順さんの答えは…。講演リポートの続編です。

清順さんの講演会『ひとの心に植物を植える』で感じたこと。前回からの続き、第2弾です。

やっぱり「植物好き」を増やさないと…。清順さん講演の続きです

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「植物はそこにいればいい」って片付けていいの??

講演も中盤に差し掛かったとき、清順さんはこんなことを仰いました。

「トマトってどこから来たか、知っている人いますか?」

会場からすぐに「南米!」という答えが挙がり、清順さんから「正解!」という返答が(*01)

photo credit: Marinara via photopin (license)

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詳しくはアンデス山脈からもたらされたものだそうですが、これらトマトやジャガイモがヨーロッパなどに普及しなかったら、多くの人たちが死んでいたのでは…?清順さんは僕らに問いを投げかけます。

「植物はそこにいればいい、という上っ面のことで片付けていいのか?」

清順さんの講演では大抵「現地に生えている植物を持ってくるのはよろしいのでしょうか?」といった質問がぶつけられ、そのたびに「それってスゴい人間本位やな」と思うのだそうです。そのうえで、

なぜ、木の実は熟すと甘くなるのか。

photo credit: Tarabillas IV via photopin (license)

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それは鳥に運んでもらうがため。

なぜ、タンポポには綿毛がついているのか。

それは風に乗って遠くまで飛んでいくため。…清順さんは、これらのことを思い起してほしいと言います。

植物は本能的に遠くへ行きたがる

つまり、植物は本能的に遠くへ行きたがると、清順さんは結論付けます。植物には国境なんてないし、最近になって人間が勝手に決めたもの。自然は途方もない時間を掛けて混ざり合い、淘汰されてきた。そして、トマトやジャガイモを他の場所から持ち込んで栽培することで人間は生きてこれたのだと…。

ところが、人間本位な考えをする人に限って、自分の服や歯磨き粉が、植物からの恩恵だとは思ってもいないのだそう。大事なのは、正しい知識で運び、誰かのために「活かす」こと。清順さんはその植物を「活かす」という表現を持って、メッセージを届けようとしているのです。

環境問題も結論は「植物好きを増やす」

また、僕らの世代は小さい頃から「自然を守りましょう」とか「環境破壊を防ぎましょう」とか、耳にタコができるほど聞かされてきました。でも、実際に何をすれば良いのかわからない。それ以上に、何かをするべきだという発想すら起こらないことも。

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清順さんはここでも「やっぱ、ひとりでも多くの人に植物好きになってもらわんと。植物好きが多くなれば、たぶん変わるはずやから」と、提案します。

人が溺れていたら助ける。その正義感と同じように、植物が好きだと思ったら、勝手に身体が動くはず。だからこそ、そんな植物好きをまずは増やしたいのだそうです。

もっと「植物好き」になろう!

ここからは、僕の感想です。

現在、あらゆる場面において「環境問題」が叫ばれます。けれど、あまりにも規模が大きすぎて、かえって個人で何かを取り組んでも仕方がないのでは?というような風潮さえ感じます。

また、エコカーに乗りましょうねとか、太陽光発電しましょうねなど、一部のひとだけが取り組める活動もあったり(*02)

でも、植物を好きになることは、お金はほとんど掛かりません。むしろ、街路樹を観察するという行為であれば無料です。そして、植物を育てるのも、それほど費用は掛かりません。

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何もしないより「好き」になれば良いのですから、結構簡単かも。ただし僕は清順さんの講演を聴いて、「植物好き」さ加減が足りていない!と感じました。

このブログへ来られている方の大多数は既に「植物好き」かもしれません…。が、そんな方々も含めて。僕らと一緒に、そしてこれまで以上に、「植物好き」になってみませんか?

この記事の脚注

  1. 清順さんも驚いていましたが、このとき会場にいた人のレベルは高くて高くて…。質疑応答のときもガッツリとした質問が挙がっていて、東京、しかもそのど真ん中はやっぱり違うなぁ、と感じたものです… []
  2. でもこれって、省エネ活動というより経済活動なような気がしてならないのですが… []
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