神田川沿いを歩きながら感じたこと。「自然的」なものが少しだけでも必要だということ。

この頃、仕事で東京へ行く機会が多くなりました。

都会のオアシスって確かに必要だなぁ。

僕の持つ東京への偏見は、建物などは直線的で無機質でやっぱり「生きづらい」。数時間滞在しているだけなのに、なぜか息苦しくなる。人もしかめっ面で、怒りながら歩いているような感覚。僕にはなかなか馴染めません(笑)。

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photo credit: Yoshikazu TAKADA via photopin cc

そんなことを考えながら歩いていたある日。気が付いたら神田川沿いの遊歩道にたどり着きました。ビルのあいだを縫い、お昼どきの、時間に追われたサラリーマンに追い抜かされた末の、ほんの少しの「自然的」な場所。緊張していた心がスッと緩和されたような気持ちになりました。

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たとえ人工的であっても、植物が群れている箇所「グリーンエリア」みたいな部分が少しでもあって、その空間にいるという安らぎ。何よりも近くに道路がないので、小鳥の鳴き声までもが聴こえるのです。

鳥もコンクリートで固められたジャングルよりも、樹木の茂る場所へ自ずと集まってくる。単純に考えれば、本能的に自然のある場所にたどり着くのは、生物として極々当たり前のことなのかもしれないなぁ。

だから、「自然的」な場所はほんの少しだけでも、僕らが生きていくためには必要なんだろう、って思います。

ただ何もしないだけの時間

この頃、僕にとって嫌なことが連続していて、精神的に疲弊しています。こういう時には大抵、自分の安らげる「自然的」なスポットへ行き、ぼうっと時間の流れていくのを待つ。夕方、日の暮れる頃、カラスの声が山に反響したら帰るみたいに…(笑)。けれど時間的な余裕が無かったりして、数ヶ月くらいぼうっとできていません(笑)。

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photo credit: tsuntsun3 via photopin cc

そんなタイミングでこの気付き。身体というか精神が求めていたのか、それ以降何だか調子が良いのです。自然のある場所に行き、自然に溶け込む感覚で、自然の流れに身を任せる。時間にして20分ほどでしたが、思わぬ発見ができました。

それからというもの、ずっとこのことばかり考えています(笑)(*01)。現代では「成長」や「プラス思考」など、いろいろに進むことばかりに目が行きがちですが、一定の範囲内で自分に区切りをつけるのも重要なのでは。最近の僕には、それが失われていたような…。

基本は頑張らないといけないのですが、自分の限界や敗北感みたいなものを知る必要もあるのではないか…。そんなことも考えたりしてしまうこの頃なのです。

 

この記事の脚注

  1. 他のことも考えろって?そりゃあ、今日の三大欲求をどう満たすかも考えていますよ(笑) []
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